9/11(日)文責:深尾 昌弘
合宿本隊に参戦している隊員諸兄の様子を記したのが『合宿記録』であるが、対してこの『食当記録』では食事準備のために彼らとは行動を少々異にする食事当番:“食当”について、特に焦点を当て記していく。
何の因果であろうか、初日から食事当番に組み込まれた。「(中略)しゅぱ〜つ!!」という掛け声の下、阿部隊員と釜を持って突っ走る。背中の荷物は激しく揺れ、短く図太い渡し棒はタダでさえ重たい釜をさらに持ちにくくしていること限りなし。今合宿では特別ゲストとして“ガスコンロ”までが加わり、うざい事肉刺(読めるかな?)の如し。コンロを持った北嶋隊員は先に行ってしまい、早々と最後尾。何度と無く追い越しのダッシュをかけるものの、プレッシャーをかけるに留まり追い越すどころでは無い。阿部隊員「どうだ深尾、辛いか?」深尾隊員「・・・はい。」阿部隊員「ウン、そうかそうか。これが正しい一年の姿だ。」要するに合宿とはこういうものである。
14時頃途中休憩地点につき、我々食当は隊員諸兄から米を回収して先に移動(通称食当移動)するわけだが、北嶋隊員が休憩ポイントの存在に気付かずスルーしてしまい、連絡もつかないという状況に…。さらに不吉なことに、本隊が出発する頃になってスコールが降り出してくる。屋根のある我々はいいが、そんな中を走って行く彼らが気の毒だなどとは微塵も感じない。時刻表が消失し何時に来るか分からないバスに乗ること十数分、バスターミナルに着くが、接続の関係から待つよりも歩いて先のバス停に行ったほうが早いことが判明。阿部隊員と二人釜を持ち、数キロ歩くことに。で、着いたはいいものの、ちょっと動いたくらいでバスの便が劇的に変わるはずも無く、数十分待つことに。
北嶋隊員はどこへやら、と思っていると、そこへやってきたのは旗手・川村隊員。ニャンと伴走の、あの辻隊員を放置してぶっちぎりのトップ。直後にバスが来て抜き返すものの、尋常ならざるペースである。
これでストレートに本日の宿がある久高島行きのフェリー乗り場までいけるかと思いきや、途中再びバスの接続待ち。初日から沖縄が車社会というのはやはり本当だというのを痛感させられる。地方だからといって、バスが重宝されているとは限らないようだ。時刻は16時過ぎ、バスドライバーのうちなんちゅーがのんびりとしているのを見るにつけ、山手線のダイヤこそがスタンダードの大和んちゅはもの凄く焦る、苛立つ。
結局釜持ちは時間に余裕を持って着いたものの、問題はここまで歩いてくる隊員諸兄のことである。北島隊員と川村隊員は途中で合流し到着したが、他の上級生が来ない…。ただ待っていても仕方ないので今晩の食事について考えるが、島には売店の存在が期待できないということで本島にいるうちに必要物は用意することに。
が、聞けばスーパーらしきものは降りてきた高台を登ったところにある“Aコープ(知念店)”しかないことが分かり、急いでタクシーを拾い急行すると途中で本隊とすれ違う。中でも隊長は般若のような顔をしていたが、このとき既に大変なことになっていたことをしるものはいなかった。
Aコープで何があったかは食当三人だけのヒミツ(別に隠すことも何もないが、取立てネタになることも無かったので)。むしろアホなことやってる場合ではない。本日の予算…隊員10名×100円/日=1000円、これでどーしろってんだ、ロクなもんなんか食えるわけねえじゃんかヴォケ!我々にとっての千円というお金のもつ価値と、Aコープにとっての千円の貨幣価値は大きく離れすぎていた。
宿に着き早速調理を始めた。そこは、とても一地方の研修用施設とは思えない設備の台所、否“厨房”である。おそらくイクイップメントは(おそらく)今合宿中最強であろう。業務用の大型コンロに冷蔵庫、シンクは広くて数も多く、しかも隣では研修所の女性スタッフが賄いを作っている。味は兎も角として見た目の美しさは比べるべくも無く、作っていて鬱になる。だが、最初は火の入れ方すら分からず、更に出来た料理は普通のご家庭でも簡単にお試しいただける料理であったから、我々にとってはオーバークォリティー気味であったような気もする。
去年のような破壊的な食当処分も発生せず、「つまらない」とすらいわれるほどに高効率な仕事ぶりを発揮し、予想以上の短時間で作業を終える。
初日とあってこれといって問題点は生じなかったが、この先どうなることか。カレーと野菜炒めだけのローテーションにならなきゃいいが・・・。 |